“先日、カウンターである女性から「男の生理」という言葉を教えてもらいました。 「男性って特に理由もなく『一人っきりでいたい』って言い出すときがあるじゃないですか。で、しばらくの間、放っておいて一人にさせておくと、また元に戻っていつものようにみんなとうまくコミュニケーションが取れるようになりますよね。あの『一人っきりになりたい期間』のことを『男の生理』って呼んでいるんです」 なるほど。確かにそういうことってありますよね。こういう感覚って女性にもあるとは思うのですが、やっぱり男性に顕著な感覚のような気がします。 僕たち人間はみんなと仲良くなりたいから、SNSやメールや手紙といったあの手この手を使った連絡をとって、たまには食事に行って、誕生日や盆暮れには贈り物を交換します。でもそれが時にはなんだか億劫になってしまって一人になりたいんですよね。難しい問題です。 僕はこのバーテンダーという仕事を始めて数年で気がついたことがあります。「人間って、知らない人に会いすぎると心がすり減ってくるんだ」ということです。 例えば、bar bossaにもたまに飛び込み営業の人が来ることがあります。彼ら、「感じの良い人」に見せようと毎日努力をしているのだとは思います。パッと入ってきたときに満面の笑顔を見せたり、「本当にお忙しいところ」とか言ってとても恐縮して入ってきたりしますが、ちょっとこちらとしては付き合っている時間がもったいないので、冷たくして帰っていただくしかありません。 そういうのを毎日何十件も続けているのでしょう。何か目が変な人がたまにいるんですよね。誠実であればあろうとするほど、断られると心がすり減ってきて精神的に安定しなくなるんだと思います。 でもこういう傾向って、飛び込み営業の人だけでもないですよね。例えばマスコミ関係で毎日知らない人に会って話をしなきゃいけない人っています。広報やメディア担当の人と毎日名刺を交換して「ああ、そうですか。じゃああの方ご存知ですか? ええ! 繋がってしまいましたね。Facebookやってますか?」っていうのを繰り返している人、あるいはもちろん取材でほとんど飛び込み営業と同じ状態で全く知らない人と真摯に話さなきゃいけない人もいると思います。 あと、すごく顔が知られている有名人なんかもbar bossaで眺めていると大変だなあと思うことがあります。街を歩いているとしょっちゅう声をかけられるしジロジロ見られるんだろうなあ、不躾に話しかけられることもあるだろうし、そこで感じの良い人風に見せておかないと叩かれたりするんだろうなあ、って思います。 あの人たちみんな、心がすり減っているんですよね。そういう「常に本気の感情のキャッチボール」を知らない人と繰り返していると、心にヒビが入って折れそうになったり、擦り切れてしまったりするんです。 そしてバーテンダーという職業も、結構、心がすり減ります。人って酔ってくるとどうしても「本来は隠していたところ」が出てくるので、そういうのをまともに受け止めていると、結構、心がすり減っていくんです。ちなみに今、僕は毎月、500人くらいの酔っぱらっている人と話をしています。多いですよね。
「だれとも会わない時間」を作る 大昔、まだ、今のように移動手段が発達していなかった頃は、知らない人に会うのって多くて1ヶ月に数人くらいだったと思います。農村でも漁村でも羊飼いでも、そんな感じですよね。 そして人間の心ってその時代のころの感覚が標準に設定されているはずなので、現代人は知らない人と会いすぎだし、僕のようなサービス業をしている人はさらにもっと会いすぎだと思います。 それで僕は「だれとも会わない時間」というのを意識的にたくさん作っています。一人になって、本を読んだり、音楽を聴いたり、文章を書いたりしていると、すり減ったりヒビが入ったりしていた心がまた柔らかく丸くなっていくのが感じ取れます。 あと大切にしているのはたっぷり睡眠をとることと、おもいっきり笑うこと、知らない場所やきれいな風景の中をゆっくりと歩くのも効果があるなあと思っています。 そして僕は携帯電話を持っていないのですが、理由はずっと誰かと繋がっていると、SNSやメールなんかで誰かと感情をずっとキャッチボールし続けなきゃいけないからです。 もちろんみなさんは携帯電話をやめるなんてことは仕事上無理だとは思いますが、「○時から○時は携帯電話の電源は切っています」とか「食事中、人と会って話している時は電源は切っています」という風にするのも、心が擦り減るのを止める役に立つかもしれません。 新しい未来の便利な道具に対して、なんでもかんでも懐疑的になったり否定的になったりする人ってあまり好きではありませんが、携帯電話、一日に数時間しか電源を入れないっていうのも良いかもしれません。 なんだかオジサンの小言みたいになりましたが、お正月はゆっくり休んでくださいね。また来年、こちらのお店でお会いしましょう。良いお年を。”
— 心がすり減る|ワイングラスのむこう側|林伸次|cakes(ケイクス) (via nowonsalesjapan)